しき

第159回芥川賞候補作品

『しき』

町屋良平(著)

(河出書房新社)

 

 

四季と共に移りゆく、ごく普通の高校生たちの青春。小説の中心人物である「かれ」(星崎)とその周辺の、特に冷めているのでもないけれど、どことなく低体温的な少年少女たちの日常と情熱が、淡々と描かれています。

特に、人物の内面世界の造形描写が素晴らしい作品だったと思います。

言葉にしない(できない、もしくはあえてしない)ために、感覚レベルで意識の水面下に留まっているものや、肉体と繋がる無意識下の感覚であるためにやはり言語化できないものによって、多くその領域が占められていて、こうしたまだ何者にも成り得ていない未知の可能性を秘めた若い心の情景そのものが、小説に息づかいを与えていたように感じました。

若い心を躍動させ続ける彼らの有り方は、作中で「かれ」が想いを寄せていた女友達の妹のピアノ演奏を目の前にして得た感動のインスピレーションとも、重なって読まれました。彼らこそ、「完成」に繋がっていく「最中」を生きる存在であり、「完成」と共に再び「最中」となる繰り返しを生き続けている存在であると。

16歳。大人と子供の境界をさ迷う彼らは、まだきちんと言葉を与えられていない曖昧で不確かなものの渦中にいて、だからこそそこに一つ一つ気づきがあり、気付いた後もそっと胸の中に留めておくような、心の柔らかさと繊細さがあります。

やがて彼らはさらに多くの気づきを体験することで、あるいは日々の生活の忙しさのために、この時代の心の有り方やこの時代に心に秘め続けていたものを失っていくのかもしれませんが、おそらくはそうした未来が予想できるからこそ、ここに描かれた決して特別ではない少年少女たちの日常と心の世界は、美しいのでしょう。