文學界2018年6月号

『ある男』

平野啓一郎(著)

(『文學界』2018年6月号に掲載)

 

 

 

謎に満ちた男の正体を追いかける、ミステリー仕掛けの長編。

弁護士の城戸は、以前に離婚調停で代理人を引き受けた女性(里枝)から、突然相談を受ける。

彼女は離婚成立後に再婚していて、「谷口」という姓を名乗っていた。

しかし、その夫が仕事中の事故で他界。夫の死後に驚くべき事実が判明する。

夫は、生前名乗っていた「谷口大祐」なる人物とは、別人だったのである。彼は、他人の名前と戸籍、そして過去の記憶までも自分のものとして、別人の人生を生きていたのである。

果たして、彼は何者なのか?

里枝の依頼を受けた弁護士城戸が、その男の実像に迫まる、というもの。

ミステリーの要素だけでなく、アイデンティティの問題や、他人の人生を生きてみるという感覚への願望、愛にとって過去とはなんなのかという深い問いかけなども盛り込まれていて(これは人間にとって過去とはなんなのかという問いかけでもあったと思います)また40代にさしかかり人生の折り返しを過ぎたと感じる登場人物たちの、そこはかとない哀愁を抱えた生の姿なども描かれていて、読み応えのある一作でした。