文學界2018年5月号

第123回文學界新人賞選評

(『文學界』2018年5月号に掲載)

 

 

 

今回は非常に残念なことに、第123回文學界新人賞発は”受賞作なし”という結果でした。

当然ながら、掲載されることのなかった候補作に対する、選考委員の方々の厳しい選評が掲載されたわけです。

作品自体が読めなくて選評だけなので(しかも内容はかなり厳しいもの)、読んでいてもちょっと辛かったです。

と同時にこれは、新人文学賞の現場においての、先輩作家の方々の、目下小説家を目指している全ての書き手に対する愛情だとも受け止められ、鼓舞された気分にも(勝手に)なりました( ;∀;)

今回は受賞作の感想を書くことが出来ませんので、せめて5人の選考委員の方々が、それぞれどのようなことを言って(嘆いて)いたかということを、ざっくりとですがご紹介しておきたいと思います。

まず、長嶋有さん。

”それほどの「なし」”

レベルが低くても、なんとか受賞作を出して、とりあえず(本人には)分不相応な栄誉なのだとか言って自覚させて、これからがんばってもらおう、とかいうのが、長嶋有さんの当初の考えだったみたいなのですが、他の選考委員の賛同を得られず、もうそれ以上強く言う気になれなかったらしく、結局のところ、”それほどの受賞作なしだ”ったみたいです。

細かいところで言うと、単純に言葉の安易な重複への指摘や、題名のなかに作品の根幹にもなる大事な単語を入れるなどしたことに対する意見などがありました。

その他には、作品ごとにもう少し詳しく駄目だししている所もありましたが、これは元の作品を読んでないので若干解釈が難しく、ここであげるのはやめておくことにしました。

 

川上未映子さん。

”無自覚な怠惰”

作品名はここでは書きませんが、ある作品の性描写に対する批評として、”紋切り型を無自覚に採用する怠惰”という言葉を使われていました。つまり性描写が駄目だったのではなくて、さらに恐らくですが、紋切り型自体の採用が駄目だったというのでもなくて、紋切り型な描写に作者が至っているのにそれに気づかない、その無自覚さこそに警鐘を鳴らしていたのではないでしょうか。

 

東浩紀さん

”「傲慢」な候補作たち”

今回から文學界新人賞の選考委員に加わりました。つまり初の現場で、トラウマ的な事態に遭遇してしまったようです。

SF小説新人賞(ハヤカワSFコンテストなど)の選考員の経験はあっても、なんとなく文芸誌や純文学や文壇とかいうものの外側にいるような人物(であると、ご本人の説明ではそのように書かれていたと解釈しました)で、そうした視点の人物が選考委員に加わっているということ自体が興味深いし、面白いなと、個人的には感じました。

今回の候補作5作品が、読者の好意と忍耐に頼っているところが多いというのが彼の意見で、そこにある種の傲慢さを感じているようです。

「退屈」という言葉も、選評の中に出てきて、それが受賞作なしの結果に繋がったのかもしれません。

 

円城塔さん

”過渡期であると思いたい”

この独特な作家が、長嶋有さんと小説について議論している姿を想像すると、その現場にいられないのが本当に残念でなりません。長嶋有さんと円城塔さん……二人がどんな会話をするのかな、と想像しただけで面白いです(余談にながれました、すみません……(*‘ω‘ *))。

文章自体の技術は向上しているとしながらも、”「文芸誌向け」といった工夫を感じる”という言葉を使われていたのが気になりました。これは、今回の候補作に限らず、ここ4年間というスパンで捉えた感想のようです。

「文芸誌向け」というのは、どういうことでしょう。それぞれの候補者たちが頭の中で勝手に創り上げた、「文芸誌に掲載される小説とはこういうもの」という固定したイメージではないでしょうか。今回の最終選考に残った候補者たちに限らず、これから小説家を目指している全ての応募者たちへ、円城さんは警鐘を鳴らしているのだと思います。

彼は、もっと小説が変化していくことを望んでいる、ということなのでしょう。

 

綿矢りささん

”謎の先にある楽園”

今回、選考委員の中で、もっとも候補作全てに好意的であったように感じました。欠点をあげるよりも、どこが良かったか、そして惜しかったか、という点について書かれていて、それぞれの作者には励みになったのではないでしょうか。

綿矢さんが言っている、”謎の先にある楽園”というのは、読了した読者だけが味わえる境地のことかと思います。直接的ではないですが、そこに辿り着けなかった苛立ちがあるようにも、読めなくありません。

この謎めいた綿矢さんの選評に込めたメーッセージは、東浩紀さんの選評に出てきた「傲慢」という言葉とそこへの警鐘と、同じ意味ではないかと感じました。

 

以上、選考委員の方々の言葉を、『文學界』2018年5月号より、少しだけご紹介させていただきました(あくまでも、取り上げたのはごく一部ですので、もっと詳しく内容を確認されたい方は、上記誌面にてお願いします)。

選考委員の方々は、かなり厳しめな言葉の裏側で、次回の選評を楽しみにしている気配も感じられました。私と同じく、小説家を目指して新人賞の門を叩こうとしている方が、この記事を読まれて、何らかの参考に、あるいは志気の向上につながれば幸いかな、と心から願います。

 

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