文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

『平気でうそをつく人たち』

―虚偽と邪悪の心理学―

M・スコット・ペック(著)

/森英明(訳)

(草思社)

 

 

本作は、1987年に初版発行され、大ベストセラーとなった作品です。

著者のスコット・ペックは、アメリカの作家で、ベトナム戦争当時の米軍に精神科医として9年間勤務したという経歴があり、その後、自身のクリニックを開業しています。

本作は、自ら精神科医としてカウンセラーにあたった経験をもとに書かれています。実際に診療に訪れた人々の言動や症状などを事例として挙げながら、邪悪さとは何か、という命題に挑んでいます。

副題にもある通り、虚偽と邪悪との関係性に言及し、心理学の立場から人間の”悪”について掘り下げた内容になっています。

本作を出版する前にも、ペックは『The Road Less Traveled』(邦訳題『愛と心理療法』氏原寛/矢野隆子訳、創元社刊)を発表していて、こちらは、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー・リストに連続掲載13年間というほどの記録を残しています。

これほど彼の作品が、当時の、特にアメリカ人の心を掴んだ背景には、ベトナム戦争後の精神的なダメージがあったようです。

本作では、個人としての”悪”について、いくつかの事例と共に考察したのちに、集団の”悪”についても言及しています。

普段はごく普通な人間が、集団になると”邪悪”な行動に走るメカニズムなど、かなり興味深い人間心理に深く切り込んでいて、ベトナム戦争下で実際にあった「ソンミ村事件」などが取り上げられています。

精神科医として、客観的かつ科学的に人間心理と向き合う一方で、キリスト教徒でもある彼の言葉には、どこか温もりがあり、人間に対する優しさが感じられます。

また、事例として挙げられた幾つかの具体的なエピソードは面白く、優れた心理描写の短篇を読んでいるかのようでした。