愛が挟み撃ち

『愛が挟み撃ち』

前田司郎(著)

(文藝春秋)

 

 

 

今年40歳になる俊介と、36歳の妻、京子の間には子供が出来ない。

検査したところ、問題は俊介にあることが判明する。

養子や、非配偶者間の人工授精(他人の精子をもらって、受精させる)も考えたが、見ず知らずの他人の子供を育てる自信はない。

悩んだ末に俊介が出した答えは、かつての親友の水口に、父親になってもらう、ということだった。

本作は、第158回芥川賞候補作品です。

愛がこの世に存在することを信じられないでいる男(俊介)と、その妻(京子)、そしてかつての親友(水口)の、奇妙な三角関係が描かれています。

不妊治療に悩む中年夫婦のやりとりという場面から、物語が一転、俊介と水口が出会った20年前に遡ると、ちょっといい感じの青春ノスタルジーな世界が出現して、そこからどんどん面白くなりました。演劇青年である水口の人物像が、実に魅力的だったと思います。

また、何気ない言葉の一つ一つにも、血の通った緊張と哲学が読み取れて、はっとすることもしばしばでした。

”愛”という実に抽象的なものをテーマにしながら、描写や展開はリアルで、映画やドラマを観ているような感覚でした。

俊介が京子と親しくなるきっかけとなった、交通事故を目撃する場面など、特に印象的です。

物語が終盤に差し掛かってきたところで、水口のある秘密が分かってきて、そこからそれまで見えていた景色が変わってきます。三人が三様に抱えていた心のバランスが、いかに危ういものだったかが、ラストにかけて、暴かれていく、という感じ。

三人の男女の微妙な関係を描きながら、俊介と京子の二人の視点からしか描かれていないというのも、計算されたことだろうと思います。

最後は突き放されるように二人の前から消えていく水口という人物が、読後も気になってしかたありません。