リレキショ (河出文庫)

第39回文藝賞受賞作品

『リレキショ』

中村航(著)

(河出文庫)

 

 

第26回野間文芸新人賞を受賞した『ぐるぐるまわるすべり台』や、『夏休み』『100回泣くこと』の作者、中村航さんの、デビュー作品です。

主人公の「僕」は、”半沢良”なる名前を名乗っていますが、どうやら本当の名前ではないようです。”姉さん”と呼んでいる女性に拾われた、という経緯から一緒に暮らしているようですが、こちらも本当の姉弟ではありません。半沢良の名前で履歴書を書き、面接を受けてガソリンスタンドで働き出します。

「リレキショ」というのは、面接用に書き上げた履歴書を作成する傍らでつくった、より「僕」が成りたいと望む半沢良の履歴で、こちらの方には免許・資格欄に『どこでもいける切符』と書き、趣味・特技欄には、『護身術』『アイロンがけ』などと書いていたりします。

深夜のガソリンスタンドを舞台にした恋の物語など、設定や展開にどこかファンタジー性を感じてしまうのですが、それでいてリアルな「孤独」も、きちんと描かれていたと思います。

「僕」には、半沢良になる前の本来の名前とその名前の人物としての人生があったようなのですが、物語では詳しくそこを描いてはいません。そこを描いてしまうと、たぶん物語が終わった時、ただの感動を売りにした、よく出来たエンタメ小説になっていたのではないでしょうか。

私たちが普段当たり前に使っている自分自身の個人情報(氏名、年齢、性別、出身地、学歴、家族構成etc……)と、人間の本質や幸福との間には、本来なんの関係もないのではないか。

より自分らしく生きることの純粋さと意味を、小説は問うているように思いました。