文芸 2017年 11 月号 [雑誌]

『水に光る』

山下紘加(著)

(『文藝』2017年冬号に掲載)

 

 

 

『ドール』第52回文藝賞を受賞した山下紘加さんの中編小説です。

物語は野川の灯籠流しの場面からはじまります。

小説の中心人物である希美は、母親と二人で野川の近くに住んでいて、母親には通ってくる年下の恋人()がいて、希美には、近所に住んでいて違う高校に通っている祥平という恋人がいます。

この限られた人間関係の中での、主に日常的な描写がほとんどです。そして、その描写はどこまでも繊細で、微妙な濃淡でよく人物たちの特徴を掴んでいるように思います。

希美と祥平が高校を卒業するタイミングで、二人は別れ、やがて社会人になった希美には新しい恋人が出来ますが、展開としてはやはり淡々と希美と母親と母親の恋人、そして希美の恋人、という人物間での交流が描かれていきます。

ただし、そこになにも起こっていないかというと、実はそうではなく、大きな出来事は、静かにそれぞれの登場人物たちの胸の内側で巻き起こっているのです。

気になるのは、希美と母親との関係性で、普通の親子にしては何かが足りなくて、何かが余計にあるという印象でした。

けれども小説は、人物たちの胸中の声を一切書きません。三人称による客観的な描写にどこまでも徹しているのです。

それが味気ないかというとそうでもなく、淡々と描かれている何気ない人物たちの所作の中に、なんとなく湿り気を帯びたような肉感の迸りを感じます。

暗い水面に光が映るように、直接的ではない言葉の中に、人物たちの心が映りこんでくるようで、それがなんともいえない不穏な気配として静かに漂ってきます。

一度も登場して来なかった父親に関する意味深な触れ方も、どうにも気になって仕方がありませんでした。解釈の仕方は分かれるでしょう。

想像の予知と余韻を、楽しむ作品なのだな、と思いました。

 

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