流跡 (新潮文庫)

第20回ドゥマゴ文学賞受賞作品

『流跡』

朝吹真理子(著)

(新潮社)

 

 

 

ドゥマゴ文学賞というのは、パリのドゥ・マゴ賞の持つ、先進性と独創性を受け継ぎ、既成の概念にとらわれることなく、常に新しい才能を認め、発掘を目的に1990年に創設された賞、であるそうです。

年に一回、一人の選考委員によって(選考委員は毎年交替)審査され、発表されています。(対象作品は、前年7月1日から当年7月31日までに発表された小説・評論・戯曲・詩)

ちなみに、朝吹真理子さんの『流跡』を選んだ選考委員は、堀江敏幸さんです。

 

【 感 想 】

不思議な読み心地のする作品ですが、登場してくる人物というか、ひとなのかひとでないものなのかも分からないそれは、まったくもって正体不明な何者かです。

小説の最初の頁では、それは確かに文章を読みあぐねている読者だったのに、そこから船頭になったり、会社員らしき一人の父親になったり、女になったりと変容を繰り返していき、最後には文章を紡ぐ側の存在になって逃げていく言葉(文字)を見送ります。

言葉そのものが主体となって、詩のような強度を構築しているという印象でした。

一つ一つの言葉は繊細で、また読み慣れない古語なども混ざり合い、微妙な調和と不調和を繰り広げながら、夢なのか現実なのか死後の世界なのかも分からない場所を、さ迷い流れ続けていきます。

何気ない言葉の一つ一つ、そこに書かれていた一文字一文字のことは忘れ去られても、それらに触れられた意識の深い部分の記憶だけは、潜在的に永く残ってしまいそうです。