マウス (講談社文庫)

『マウス』

村田沙耶香(著)

(講談社)

 

 

 

真面目で大人しく、目立たない性格の少女(小学5年生)、田中律

は、クラスの女子の中でも、自分のランクが低く、商品価値がないと思っていて、目立つことでクラスでの立ち位置をさらに悪くしないように、周囲に気を遣いながら学校生活を送っている。

のクラスには、塚本瀬里奈という、律よりもさらにランクが低い扱いを受けている、一風変わった少女がいた。

瀬里奈は誰とも話さずにいつも泣いてばかりいて、クラス中から孤立していた。

そんな瀬里奈のことが、なぜか気になってしまう

瀬里奈が泣き出した時、一人で旧校舎のトイレに逃げ込んで、「灰色の部屋」に閉じこもっていることを知った律は、もっと素晴らしい世界があることを教えたくて、図書館で借りた「くるみ割り人形」を読んで聞かせる。

 

女同志のピュアな友情を描いていて、また心に問題を抱えた二人の女性の成長物語でもあり、ダークなイメージが強い村田沙耶香さんの作品の中では、珍しくハートフルで心温まる内容でした。

けれど、この作品には、例えばまだ小学生の時代から既に存在の危うさを自覚して生きざるを得ない日本の教育現場の現実だったり、成長した律が働き出すアルバイト先で、「仕事」という口実の中でだけ、明るく元気に振舞えるようになるという『コンビニ人間』の原型ともいえる主人公の姿が描かれていたりなど、なかなかに鋭いものを残しています。

瀬里奈の人物造形は秀逸で、圧倒的な存在感でした。

過酷な現実世界を生き抜くために瀬里奈が選んだ、「くるみ割り人形」の登場人物になりきる、という方法には些か驚きを覚えますが、その憑依体質の凄さには、若干の憧れを抱いてしまいます。

そういう私も、やはりどこかでは「生きづらさ」を実感しつつ生きている人間の一人です。

村田沙耶香という作家は、こういう弱い側の人間の立場に立って世界を見つめることが出来る書き手で、しかもその弱さや、世界の醜悪のありのままと向き合います。

の真っ直ぐな感じが、本作でもしっかりと伝わってきて、心を揺さぶられました。

大人が読んでも、もちろん素晴らしい内容ですが、この主人公と同じくらいの年齢の人たちにこそ、必要な本であるように感じました。

少なくとも私は、彼女たちと同じくらいの年齢の時に、この本と巡り合いたかったです。