すばる 2017年 03 月号 [雑誌]

『父乳の夢』

山崎ナオコーラ(著)

(『すばる』2017年3月号に掲載)

 

 

 

小さいころから父親になることを夢見ていた哲夫は、今日子と結婚し、という赤ちゃんが産まれる。

派遣でSEの仕事をしている哲夫より、コンサルティングファームファームで正社員として働いている今日子は、稼ぎがいい。

仕事好きな今日子に代わり、哲夫が仕事を一時休職して育児に専念することに。

母乳の出が悪かった今日子は、母乳と粉ミルクを併用して授乳していたのだが、なんと哲夫の胸から”父乳”が出るようになったのだ。

 

子育てをするということは、子どもが赤ん坊の時には、授乳がどれだけ大きな仕事であるかということが、子育て経験のない私にもよく分かりました。

そのため「子育て=授乳=母親(母乳がでるから)」という一連のイメージが出来上がってしまい、両親が揃った家庭だと、母親が主体的にその役割を果たすのが一般的だというイメージに繋がっていきます。

これは、我が国に限らず、割と世界的にも流布した昔ながらの固定観念ではないでしょうか。

そのために、歴史上ずいぶんと長い間、女性の社会進出の機会は奪われてきたのですし、男女平等といいながらも、社会がきちんと本当の意味での平等を実現できていないのも、そもそものネックというか、要因の多くがここにあるような気がします(もちろん、要因は他にもあると思いますが)。

本作品は、古い世代の子育て観念なるものに対抗するというよりも、そこからの解放の模索だという印象です。主人公の父親が”父乳”を吹き出すシーンの描写から私が受け取ったのは、より開放的に愛情の湧き上がるイメージでした。

性別を超えた、個々の実情に即した、楽しく自由な育児。

そういうものへの、切望というか、憧れ――”夢”――があるのではないでしょうか。

授乳の快感とセックスの快感が似ているというのは、少し生々しい気もしましたが、それだけに生命の営みの真実があるようで、面白いと思いました。

また、主人公の父親が、”父乳”が止まってはじめて父親になったと感じるのも、なんだか不思議な感覚として読みました。