文學界2017年10月号

『蜜蜂とバッタ』

高樹のぶ子(著)

(『文學界』2017年10月号に掲載)

 

 

 

三十年前、不倫の関係にあった男(Yさん)と、ベネチアのリド島を旅した「」。

リド島は、トーマス・マン「ベニスに死す」の舞台になった島で、ビスコンティ監督が作製した映画に魅せられた二人は、かねてからの念願を叶えて、かの地を訪れたのだった。

「リド島に行くことが出来たら、それでもう終わりにしてもいい」と、二人の関係の終焉を考えていた「私」は、旅の思い出に、ホテルのショップで売っていたベネチアングラスの蜜蜂とバッタを購入する。

蜜蜂は「私」が、バッタはYさんが持ち帰った。

Yさんとはリド島旅行の数年後に別れていたが、三十年の時を経て、「私」の元に、Yさんのバッタが送られてきて……。

洗練された小説の世界を、堪能できる一作でした。

不倫の関係にあるというのに、その男女の姿に不潔さはなく、思い出の中で美しく結晶したそれは、映画さながらの哀愁を帯びていて、ほのかなるメルヘンの香りすら感じました。