のろい男 俳優・亀岡拓次

第38回野間文芸新人賞受賞作品

『のろい男 俳優・亀岡拓次』

 戌井昭人(著)

(文藝春秋)

 

 

主役ではなく脇役として、味のある演技に定評のある映画俳優、亀岡拓次、40歳。

若いころは老けて見られ、40歳になった最近では、むしろ実年齢より若く見られる。社会生活とはズレた生き方をしているのが、外見で簡単にわかってしまうような、男。

そんな亀岡の日常を描いた、6話からなる作品。

全体的なトーンとして、どこかゆるい感じなのは、主人公である亀岡拓次という人物そのもののゆるさであり、持ち味なのでしょう。読んでいくうちに、そこがツボに嵌れば、好きになってしまう、というような小説。

亀岡という男の人物像や日常描写そのものが、作品の全てであるという気がします。

ただし、映画俳優(時にはドラマや舞台にも出る)という特殊な職業を持つ男であるがゆえに、その思考回路や何気ない日常は、スクリーンの世界(そこに関わる他の俳優や監督やスタッフなどとの絡みも含めて)と地続きの関係にあり、ここに作品の醍醐味というか、面白さの根源があるのだと感じました。

それは、日常であって、同時に非日常でもあるもの。”切り取られた世界”とでもいうべき世界です。

その一方で、映画俳優とはいっても、それほど世間の認知度もなく、おそらくそのためにギャラもそんなに稼いではいないのであろう亀岡の生活は、妙に庶民的で親しみやすくもあります。

つまり、”切り取られた世界”であると同時に、読み手側(読者)とも、「共感」というモジュラーで繋がっているような世界。そんな場所に、亀岡拓次は生きているわけです。

舞台が、大分や札幌や伊東、ポルトガルなど、複数の地方に及んでいるのも、それぞれの土地の旅情が感じられて、楽しめる内容だったと思います。

ちなみに、「のろい」という言葉には、”動きが鈍い”というような意味の他に、”女に甘い”という意味もあるようです。