メタモルフォシス (新潮文庫)

『メタモルフォシス』

羽田圭介 (著)

(新潮文庫)

 

 

 

 証券会社に勤める主人公(サトウ)は、あるとき、喫茶店の棚から何気なく手に取った週刊誌の紙面に目を止める。

それは、多摩川支流で身元不明の男性遺体が見つかったという内容の記事で、遺体の背中にはハローキティの刺青があった、というもの。

記事から読み取れる遺留品や身体的特徴などから、同じSMクラブに通うマゾ仲間の男(クワシマ)ではないかと、サトウは思う。

本作は、第151回芥川賞候補作になった作品です。

主人公のサトウは、証券会社に勤めている若者ですが、ネット証券会社が台頭してきた現代の流れの中で、体面型の接客に留まっている三流証券会社の社員であるということに、将来的な希望が持てない情況にいます。

ネットが使える人間なら、僅かな手数料で株の売買が出来てしまう昨今、体面型の証券会社は存在価値を失くし、既に斜陽産業であると感じているようです。

そんな彼は、組織の中ではそれなりに仕事のこなせる社員として普通に生活していて、その一方で、足繁くSMクラブに通い続ける、『変態性』を宿した人物でもあります。

他のマゾ仲間やクラブの女王たちとともに、野外プレーを楽しんだ翌日には、何食わぬ顔で証券を売っているような男。

自らの顧客たちから不当に高いと思われる手数料を取り続けていることにも自覚的である彼は、ひたすら進んで搾取され続けているかのような顧客たちの姿と、自分自身の姿とを、どこかで重ね見ているようです。

彼は、物事を非常にまじめに分析し、批評し、理解しようとする側面があり、その思考は、自らのマゾ性にも向かっていきます。

マゾは、自らの肉体を痛めつけ、健全な生命体を、時には死の危機にまでも連れ去ります。

『境界』ということが、本作を読んでいてしきりと意識されました。正常(ノーマル)と異常(アブノーマル)の境界。生と死の境界。

メタモルフォシス(Metamorphosis)とは、『変態』を意味していて、これは自然界で、例えば蝶などが卵から幼虫になり、蛹の状態を経て成虫になることなどを指す言葉ですが、これと性的な倒錯(あるいは異常性)を意味する『変態』と、かけているわけですね。

作品のラストで、主人公が樹海でさ迷った末に、不思議な生命力に溢れ出す場面があるのですが、人間本来が生物として当たり前に持つこの生命力と、マゾヒズム……という構図が頭に浮かんだ時、改めてこの題名の意味を考え直していました。