残穢 (新潮文庫)

第26回山本周五郎賞受賞作品

『残穢』

小野不由美(著)

(新潮社)

 

 

 作家である「」は、かつて(20年ほど前)、自身の文庫の「あとがき」で、読者に怖い話を知っていたら教えてほしいと呼びかけていた。

「あとがき」は文庫から(本人の意思で)削除されたが、いまだに時折、手紙がくることがある。

そうした手紙の中に、久保さんという30代の女性(編集プロダクションに所属するライター)からのものもあった。

久保さんによると、誰もいない和室から、妙な音がするという。畳を箒で掃くような音。

音は、久保さんが和室を背にしている時にして、振り返ると、止まる。

久保さんと「私」は、手紙やメールで何度かやり取りしていたが、ある時、久保さんからのメールで、気になるものがあった。

深夜に背後で音(右に左に畳を擦る音)がしたので、ひとしきり聞いてから、いきなり振り返ると、着物の帯のようなものが見えた(気がした)という。

「私」は、久保さんの話に既視感のようなものを覚えながらも、しばらくはそれが何か分からずにいた。

(自身が)引っ越すことになって、転居に向けて部屋の荷物を整理していると、久保さんと同じ所番地の送り主からの手紙が見つかる。

それは、割と近年に書かれたもので、久保さんと同じマンションの別階に住む、屋嶋さんという女性からのものだった。

屋嶋さんの手紙には、「時折、さーっと床を何かが掃くような音」が聞こえる、と書かれていた

同じマンションに住む二人の女たちが遭遇しているものは、一体何なのか?

 

《混じりけのない、淡々とした「怖さ」》

物語りのはじまりは、語り手の「私」が受け取った手紙です。

一見些細な「音」に纏わる話なのですが、これが調べていくと、最終的には、とんでもないところまで行き着く、というもの。

作品は、実際に起こったことを取材、追跡して書く、ルポタージュの形式をとっているので、まるでノンフィクションの体験記を読んでいるような錯覚がします。

語り手である「私」も、作者の分身のような描かれ方ですし、途中、実在する二人のホラー作家も出てきて、どこまでが創作でどこからが現実なのか、その境界線が見えなくなる。その感じが、物凄く恐かったです。

作家である「私」は、どこまでも誠実に「怪」と向き合います。

徹底した取材を重ね、慎重に物事の核心へと向かっていきます。

不可思議な現象に関しては、様々な角度から論理的な検証を試み、決して軽はずみな「怪談話」に持ち込むこともありません。

時代背景を追い、そこに生きる人々の生活や現実に思いを馳せ、常に客観性を忘れずに、丁寧に書き進められていきます。

それなのに、(いや、それだからこそ)、展開と共に積み重なっていくものは、純度の高い恐怖の塊です。

より精査され、選別された、不純物のない、本当の「怖さ」。

作中の「残穢」が、読むことによって伝染しないことを祈りながら読む、そんな「怖さ」。

恐怖が、書籍を飛び出して読者に襲いかかるかもしれない、などと本気でそんなことを案じてしまう怖さが、この小説にはあります。

 

ちなみに、作者の小野不由美さんの夫は、推理作家の綾辻行人さんです。これは、作品を読んだ後に知って、ちょっと驚きでした。