きことわ (新潮文庫)

第144回芥川賞受賞作品

『きことわ』

朝吹真理子(著)

(新潮社)

 

幼いころ、葉山の高台にある別荘で過ごした貴子永遠子

別荘は貴子の母親(春子)と叔父の和雄(春子の弟)のもので、永遠子の母親(淑子)が管理人をしていて、永遠子は母親について別荘に訪れ、姉妹のように貴子と遊んで過ごしていた。

それが習慣になっていたが、春子が他界して以来、その場所を訪れることも、貴子と会うこともなくなった。

それから25年後別荘を売りに出すことが決まり、その準備のために再び淑子が雇われ、その淑子が足を怪我したために、永遠子が別荘の仕事を引き受けることに。

そして、貴子と永遠子は再会する。

 

ストーリーそのものは、ものすごく単純で、幼い日に遊んだ仲良しの少女たちが、25年経ってお互いに大人になって再会する、というもの。

あなどれないのは、夢と現実の記憶とが複雑に絡まりながら展開される不確かな「事実」ばかりで作品が構成されている点で、これに視点移動の技法が巧みに組み込まれていることです。

ストーリーそのものが単純であるので、混乱するということはほとんどありませんが、すこし「あざとい」と思えるほどに、技巧に満ちた作品だと感じました。もちろん、そこが素晴らしいから評価されているのであり、「あなどれない」と読書の間中感じていたのでした。

文章そのものは、とても美しいと感じました。

時折、聞きなれない「古語」を、適所に散りばめて紡ぎあげられた文章からは、時間的な観念を奪い去っていく毒のような感覚があり、葉山の夏に閉じ込められた悠久の物語が、不気味に迫ってくる気がしました。不思議な作品です。