独りごとのように

『独りごとのように』

スザンナ・タマーロ(著)

草思社

 

 

短編一話と、四話の中篇からなる作品です。

【また月曜日】

「私」が綴った、ある月曜日から翌月曜日までの日記。

「私」と夫ジェフ、そして娘のドリーとの日常。一見、幸福そうな家庭。そこに潜んでいるものは……。

 

【ラブ】

ユーゴスラヴィア南部のある部族に生まれた、ヴェスナ(10歳)。三つ口であったことから、実の親に愛されず、毛布二枚と引き換えに、別の家族の元にやられる。新しい家族からも愛されることはなく、虐待を受け続ける日々のヴェスナ。

そんな彼女の前に、一人の親切な男が現れて……。

 

【少年】

少年(「ぼく」)には父親がなく、看護婦として働く母親と二人で暮らしていた。

そのうち、家に男たちが出入りするようになり、母はその中の一人と結婚することに。

かみ合わない継父との生活。

愛情の欠落した世界で、苦しみもがいた少年が、行き着いた先は……。

 

【雪に埋もれて】

少女の頃、父親のいない子供(”あなた”)を産み、他人の手に委ねた。二十年以上もの時を超えて、”あなた”へ、手紙を書く。

 

【独りごとのように〕

戦争は、母を奪い、夫を奪い、そして娘まで……。

連鎖する不幸。悲惨な人生を振り返り、独りごとのように、語りかける老女。

 

本作は、スザンナ・タマーロが33歳の時に発表された作品集です。

表題作である『独りごとのように』は、91年に発表されて、イタリア・ペンクラブ賞ラパッロ賞を受賞しています。

なお、94年に発表した『心のおもむくままに』は、世界的なベストセラーになりました。

スザンナは、イタリア北東部の都市、トリエステで生まれ、幼少期に父親が失踪し、また母親との不和などから、祖母に引き取られ育てられました。この辛い少女時代の体験は、本作の中篇『少年』に色濃く投影され、育ての親である祖母の面影は、『心のおもむくままに』の主人公の老女と重なっています。

『心のおもむくままに』が、どこか希望や優しさ(愛)に満ちた物語であるのに対して、本書の作品は、悲しみと苦しみに満ちていて、出口の遠い印象があります。

一話の『また月曜日』などは、一見、愛情に満たされた可愛らしい一家族の物語りですが、ラストに驚愕の秘密が隠されていて、終わりまで読んでもう一度頭から読み直すと、全く違う世界が現れます。

けれど、この一話の悲劇性が真に身につまされるのは、その後に続く『ラブ』『少年』といった作品を読み終わった後ではないでしょうか。

この二作品は、どちらも愛情のない世界で育てられた子供が主人公ですが、「幼少期における愛情の欠如」というものほど、強烈な暴力はないのだと強く感じました。

そこに、母親という立場で傷ついた主人公が出てくる『雪に埋もれて』という作品があり、『独りごとのように』という最後の作品がきます。

この独りごとのように』のラストで、主人公の老女が東洋的な宗教感にも通じる魂の開放へとたどり着いて終わっていて、それぞれの話は全て別々の物語りなのに、一冊を通じて、大きな心のうねりのようなものを感じました。

スザンナ・タマーロという作家は、30代の前半にはもう既に老女の心境に立って物語を書き、また、10歳の少女のそれもしかりです。

人間が一生のうちに感じる様々な感情の機微を、より大きな視点から捉えて、世界を見つめることのできる、そんな作家です。

自身が幼少期に受けた心の傷、孤独、という入り口から入り、そこから、東洋的な宗教感でもある、自然と魂との繋がりへと導いてもくれます。

どうやら作者はだいぶ内気な性格らしく、ベストセラー作家になった後も、華々しい生活を避けて、イタリアの田舎町でひっそりとした生活を楽しんでいるようです。

ああ、そういう繊細な人なんだな、と思うと、一層作品が愛おしく思えます。

 

【スザンナ・タマーロの他作品】

心のおもむくままに<新装版>

 

『心のおもむくままに』

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