教授と少女と錬金術師

『教授と少女と錬金術師』

 金城孝祐(著)

〔第37回すばる文学賞受賞作品〕

(集英社)

薬学部の学生である主人公の久野は、指導教授である江藤から、強引に研究課題を押し付けられる。

江藤が取り組んでいるのは、育毛と油を関連付けた研究で、脂肪酸で卒論を書いていた久野に白羽の矢が立ったのである。

元々久野は、油に興味を持っていて、親戚から譲り受けた潰れかけの薬局の「奥の間」で油を精製し、無許可で売っているほど、油には精通していた。

久野は、どうやら教授がボケかけていることに不安を覚えていて、論文が完成しても自分には何の見返りもないことに、不満を持っていたし、そもそも江藤は既にハゲていて毛根も消滅していて、研究が無駄であるとも思っていたが、立場上従うほかなかった。

そんな時、久野は、江藤教授の元教え子である永田という男を紹介される。

永田もまたハゲであったが、それは「異常なハゲ」であり、恐ろしく人を惹きつける、魅力的なハゲなのであった。

永田の頭皮の秘密を教わるべく、彼の安アパートに泊まり込むことになった久野は、そこで乾燥油とコーパル(半化石樹脂)を使った頭皮作成法なるものを学び、その後、永田が講師をしている進学塾に連れて行かれ、そこで不思議な魅力を持つ少女「荻ちゃん」と出会う。

彼女の登場は、久野を取り巻く世界やその研究に、大きな影響を与えていくことに……。

 

本作を二度読んだのですが、いったい真面目なのかふざけているのか、あるいは煙に巻こうとしているのか、どうにもよく分からない印象でした。

出だしと、ラストにほど近い所で、主人公である久野(「」)とは違う第三者的な人物の、実に学術的な語りが挿入されていますが、それ以外の場面は一人称で綴られます。

ごく現実的というか、正統的に書かれているのかと思っていると、要所要所にギャク漫画のような展開や描写、表現方式が用意されていて、驚くと同時に、地雷でも踏んでしまったような、当惑がありました。

教授の頭から変な茸みたいなのが生えてきたり、人が魚みたいに丸焼きになったり、そもそも、グリセリンに脂肪酸という毛が三本生えていることから、育毛と油を関連付けて研究しようとしていることこそが、もうギャグでしかない……。

荻ちゃんという少女が登場して、久野はずいぶんと彼女に振り回されますが、彼女の抱えていた深刻な秘密が明かされる展開となり、物語は加速して、ほのかな恋愛ムードが漂ってきます。

ラストの、花畑のシーンでは、燃え盛る炎や雨や風、花、虹、灰、タールなどが幻想的に混合され、錬金術そのものの場面が渦巻くように立ち上がってきて、もはやスペクタルとしかいいようのない情景が出現します。

作品全体を通して、火、水、土、風という、古代ギリシャの四代元素なるものが登場人物などに被せてはめ込まれていて、実は細かいところでこうしたことが注意深く描かれているのですが、それらがここにきて一気に収斂したような気配でした。

 

この作品がすばる文学賞を受賞するのと同時期に、新潮新人賞を受賞している上田岳弘さんの『太陽』も錬金術を作品に持ち込んでいて、作品の内容や毛色などはずいぶんと違っていますが、同じ時代に同じような環境下(情報圏内)で生活していると、割と近い発想が芽生えたり、同じようなものに興味を惹かれたりするものなのかもしれませんね。