みかづき

『みかづき』

 森絵都著

(集英社)

(2017年本屋大賞ノミネート作品)

 昭和36年。千葉県習志野市の小学校で用務員の仕事をしていた大島吾郎は、「勉強がわからない」という子供たちに頼まれて教えるようになり、いつしかそれが「大島教室」として、人気を博するようになっていた。

そんな彼の「大島教室」に、蕗子という少女が通うようになる。どうやら母子家庭であるらしい蕗子は、勉強が出来ないわけでもないようなのにと、不思議に思っていると、それが全て母親の指示によるものらしいと、吾郎は知る。

蕗子の母親の千明は、女手一つで子供を育てる傍ら、家庭教師をしているという。国民学校の時代から公教育に強い反感を抱いてきたという胸の内を吾郎に明かし、自分と一緒に塾を立ち上げないかと誘いかける。

千明は言う。

大島さん。私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月。今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、かならず、満ちていきますわ」(『みかづき』より抜粋)

やがて吾郎は千明と結婚し、学習塾を立ち上げ、教育の現場に情熱を傾けていくことになるのだった。

 

2006年に、『風に舞いあがるビニールシート』で、第135回直木賞を受賞した、森絵都さんの作品。

 

本作は、昭和から平成にかけて、三代にわたり塾経営に人生を捧げてきた家族の物語です。

一家族の物語に過ぎないのに、大河ドラマのような雄大さを感じさせるのは、そもそも縦の関係が書きたかったという作者の純粋な意図から生まれているのだと思います。

背景では時代の空気を大きく捉えながら、家族というミクロな宇宙で巻き起こる悲喜こもごもな出来事を丁寧な筆致で描きとっていて、そこに「教育」という一貫したテーマがあり、そして静かに月が人々を照らします。

題名にも冠されている”三日月”が、物語の要所要所で登場人物たちの振り仰ぐ目線の先や、心の中にふと現れて、その時々で様様な輝き方をします。

戦後の日本社会の様相を、教育という視点から切り取った小説だとも読めますが、人生に一つの目的を見いだし得た人々の戦いの物語でもありますし、時に反発しながらも、時に暗黙のうちに許し合う人間同士の絆の物語であるとも読めました。

吾郎の視点。千明の視点、そして最後に孫の一郎の視点、と三つの視点で描かれていますが、個人的には千明の視点で描かれた部分を、一番面白く読みました。

千明という、人生をかけて「教育」に情熱を注ぐ人物を、決して堅物の教育者然として描くのではなく、また理想的な母親としてさえも描いてはいません。

弱さや卑怯さや矛盾も含んだ一人の女、一人の人間として描き切っていて、その彼女が時代や社会や家族たちによって翻弄されていく姿は、時に三日月と同じくらい儚くて、けなげだと思いました。