昨年末に、候補作が発表され、今月の19日には選考会が行われる予定の第156回芥川賞・直木賞ですが、

とりあえず芥川賞候補作5作品を読んでみました。

以下は、あくまでも感想や内容を短くまとめたものです。個別に読書感想は投稿していますので、詳しくはそちらもご覧ください。

 

【加藤秀行 『キャピタル』】 (→読書感想はこちら)

文學界2016年12月号

 

(『文學界』2016年12月号掲載)

 

 

 

加藤秀行さんは、文學界新人賞を受賞して作家になられた方で、今回も『文學界』に掲載された作品が候補作に選ばれました。

『シェア』に続き、今回二度目のノミネートです。

舞台はバンコク(タイ)からはじまり、その後、東京→北海道→再び東京(霞ヶ関)と移動します。主人公はエリートビジネスマンですが、現在はサバティカルという制度を利用して、一年間の休暇中。そんな中での、あるタイ人女性との出会いと交流を描いたものです。

文章が、飛びぬけて美しいと思いました。持ち味である「リアルでグローバルな現代感覚」だけでなく、そこに叙情的な要素も加わって、物語世界をより強固で繊細なものに高めていると感じました。

 

【岸政彦 『ビニール傘』】 (→読書感想はこちら)

新潮 2016年 09 月号

(『新潮』2016年9月号掲載)

 

 

 

岸政彦さんは、社会学者で大学教授でもあるようです。芥川賞候補になるのは、今回が初です。

候補作の中で一番短い作品でした。登場人物の視点が何度も切り替わる手法を使っていて、文学的な企みに富んでいると感じました。

大阪を舞台にして、タクシードライバー、水商売の女、ビルの清掃作業員、コンビニ店員、美容室で働く女……と、社会の中で生きる人々を描いています。複数の視点を移動しながら、作家と登場人物たちの距離は保たれていて、社会(生活者たち)を内側と外側と、両方の視点から見ているのかな、と思いました。

 

古川真人 縫わんばならん』】 (→読書感想はこちら)

新潮 2016年 11 月号 [雑誌]

 

(『新潮』2016年11月号掲載)

 

 

 

去年、新潮新人賞を受賞した作品が、いきなり芥川賞候補に選ばれました。最も理想的な作家デビューと言えるでしょう。

長崎の離島を主な舞台に、四世代にわたる一族と土地の物語を描いています。

28歳という若い男性の作者が、死期を間近に感じつつある老婆たちの生活や思考や記憶や夢や、それら全てが渾沌となった世界を、実にリアルに描き出しています。独特な文章感覚と小説世界があって、時代から忘れ去られようとしている古い世代や土地の声のようなものに、じっと耳をすましている、という印象です。

エピソードの一つ一つは、立ち上がってきてはすぐ波のように砕けて、また違う時代だったり夢の続きだったりに呑み込まれてしまうので、盛り上がることはなく、新潮新人賞の選考委員の中には、本作を退屈と捉えた人もいるようです。

しかし、桐野夏生さんや星野智幸さんなど、強く支持する選考委員もいました。

賛否両論ある作品かとは思いますが、捉えようとしている枠がとても大きな作品であることは確かで、芥川賞の選考の場ではどういう評価が下されるのか、非常に興味深い所です。

 

【宮内悠介 『カブールの園』】 (→読書感想はこちら)

文學界2016年10月号

(『文學界』2016年10月号に掲載)

 

 

 

宮内悠介さんは、過去二回直木賞候補(「盤上の夜」で第147回、「ヨハネスブルグの天使たち」で第149回)に名を連ねている作家で、日本SF作家クラブ会員及び日本推理作家協会会員でもある、SF作家です。

作品の舞台はアメリカで、その世界で暮らす日系人たちの姿が描かれます。

『キャピタル』とは、また雰囲気の違う、世界の中の日本を感じる一作です。

気になったのは、日本人の書いた日本語の文章というより、海外小説を翻訳した日本語の文章、という印象だったことです。この文章のせいなのか、どことなく登場人物たちの息遣いや心情といったものが、やや遠くに感じられて、切迫して感じられてこなかった、という気がしました。

けれど、後になって思ったことがあるのですが、これがすなわち、小説中にも出てくる「伝承のない文芸」と繋がっているのかな、という発想でした。

「伝承のない文芸」とは、マンザナー強制収容所(第二次世界大戦中、多くの日系アメリカジンが収容された場所)で発行されていた同人誌である「南加文芸」という文芸雑誌の一冊の中の見出しです。

アメリカという大陸の中で、もはやこの先消えていくだけの運命を想いながら書かれた日系人による日本語の文章であり、文学なのです。

作中では、その言語を使用するにおける「寂しさ」や、桎梏について書かれた(雑誌内の)文章も出てきて、主人公の個人的な孤独感が、そのまま英語圏におけるマイノリティな母国語の文学の問題とも重なってきます。

これを、作品そのものが文体として具現化しているんだとしたら、かなり深いな、と思うのですが……どうでしょうか?

 

山下澄人 『しんせかい』】 (→読書感想はこちら)

新潮 2016年 07 月号 [雑誌]

 

(『新潮』2016年7月号掲載)

 

 

 

山下澄人さんは、過去にも芥川賞を、過去三回も候補になっていて、今回は4度目のノミネートです。

(2012年「ギッちょん」第147回、2013年「砂漠ダンス」第149回、同年に「コルバトントリ」第150回)

俳優としても活躍されていて、脚本家の倉本聰さんの創設した富良野塾の卒業生です。今回の作品は、固有名詞こそ【谷】や【先生】などと書き換えられていますが、富良野塾時代の体験記のような内容になっています。

半自伝的作品とも受け取れますし、倉本聰さんへのオマージュ的作品でもあるのかな、と勝手に想像しました。

【まとめ】

以上、候補作5作品をまとめてみました。

個人的には、加藤秀行さんの『キャピタル』か、古川真人さんの『縫わんばならん』が優勢かと思うのですが、選考の結果を待ちたいものです。