平成マシンガンズ (河出文庫)

「平成マシンガンズ」

 三並夏著

(第42回文藝賞受賞作)

 

中学生の主人公「あたし」を取り巻く環境は、「あたし」にあまり優しくない。

母親の出て行った家に愛人を連れ込む父親は、厳格で冷たくて無関心だし、愛人の女は強かで馴れ馴れしくて横柄だ。クラスメイトで仲良しのリカは、かわいくて男子の受けはいいけど女子には実は嫌われている。そんなことを見て見ぬふりをする「あたし」だったが、ある時、何でもないことがきっかけで、仲良しグループからハブられる(シカとされて仲間外しになる)ことに。

家にも学校にも居場所がないという追い詰められた状況。

そんな「あたし」の夢の中には、週一くらいの感覚で、死神が現れる。

死神は、黒いTシャツに穴の開いたボロくさいジーンズを穿き、いつも出刃包丁を持っている。死神は、マシンガンに弾を込め、「あたし」に手渡す。

「誰でもいいから撃ってみろ」と死神は言う。

「あたし」はマシンガンを手に取り、身近な人間を夢の中で撃ちまくるのだった。

”史上最年少15歳での受賞”という話題性と、題名のインパクトが強烈で、けれど実際に読んでみると、「マシンガンズ」というほど言葉の圧倒力はなく、設定や展開、核心部分に至るまで既視感が入り込んできて、やや期待はずれな印象でした。

けれど、「死神」の設定だけは独自性がありますし、文章もとても上手くて、すらすらと読めます。

”家庭と学校と、その二つ以外に選択できる居場所がない”という、この国のほとんどのティーンエイジャーの抱えた危うさが、少女の目線から一人称できちんと表現できていて、誰もが一歩間違えば、確実にそういう状況に落ちてしまう、そんな臨場感に頷けます。

「あたし」を取り囲むあらゆる登場人物たち(実の父親や母親も含めて)が利己的で、さっきまで仲良しだった友達も、その場の雰囲気や状況だけで、簡単に掌を返せてしまえるのです。

一見優しく語り掛けてくる学校側の職員ですら、結局は自らの保身や周囲からの評価だけを気にしているエゴイストたちばかりで、表向きに発せられる前向きな言動には、なんの力も意味もありません。

「まったく、逃げ場なし」という切迫した事態。そこで少女を救うのは、夢の中に出てくる「死神」しかいません。

こうして改めて内容を整理してみると、よく考えられているし、人間の微妙な「噓」な部分を丁寧に切り取って差し出してくる辺りは、さすがだと言わざるを得ません。

ただし、やはり言葉―-というよりも、作品全体にもう少しだけ「力」が足りていない気がします。

確かに、たくさんの「気づき」や、ちょっとしたディティールの面白さはあるのですが、「気づいたことを破壊する」くらいの熱量が(それこそ「マシンガン」のように滅多撃ちするくらいの)、欲しいところですが、ただ色んな事に気が付いただけで急に少女が大人になってしまって、なにも根本的には解決されず、カタルシスもなく、始まった時から終わっているかのような、そんな虚しさがあります。

(この空虚感をこそ表現したかったのだとすれば、十分に成功した作品だと言えるでしょう。)

死神と愛人の弟の印象が重なるところまで書いたのですから、夢と現実をどうにかしてもっと繋げて、「死神」のマシンガンを現実の世界でぶっ放すくらいの展開でも良かったのではないか、と思うのですが……。

ただ、この作者には「陰」と「陽」の両面があり、暗い話なのに、妙にコミカルな気分で読めてしまうという良さがあって、様々な「気づき」を提示する観察眼の鋭さに加えて、そこはとても評価したいと思います。

 

ちなみに、第42回文藝賞は、青山七恵さんの「窓の灯」とのダブル受賞です。