まことの人々

「まことの人々」

大森兄弟著(河出書房新社)

文藝賞受賞第一作

 

大学生の主人公(僕)の彼女は、女子大で演劇サークルに入っている。彼女は、芝居で悪役のエドモン軍曹なる人物を演じることになった。

劇の題名は「まことの人々」。

長年戦争状態にある二つの国(獅子の国と大鷲の国)の王子と総大将が出会い、意気投合した結果、両者の働きで戦争を終わらせる、という話。そこに登場する劇中で唯一の悪人がエドモン軍曹で、「生まれつき人間のくず」というのが彼の役どころである。

醜悪で卑怯で威張り散らしていて、ことあるごとにオナラを振りまくこの人物は、戦時下での空腹を満たすために、人肉を喰い、そこから人肉の味を知って、何人もの人間を殺して食べてしまうのだ。

この、最低で最悪な人物を演じることになった彼女だったが、次第に役にのめり込み、徐々に様子がおかしくなる。

彼女が芝居にのめり込むほどに、僕の日常生活もちょっとおかしなことになって……。

第46回文藝賞を受賞し、第142回芥川賞候補にもなった「犬はいつも足元にいて」大森兄弟の、文藝賞受賞後初作品です。

読みだしから中盤までのスローな展開が少し不満でしたが、終盤、いよいよ劇がはじまると同時に、それまで意図的に抑えられていたマグマが一気に噴き出してきたように、(まさしく)劇的な展開がやってきて、非常に面白かったです。

現実

並行して存在してるはずの二つの世界がシンクロしてしまうという状況は、読みながらある程度までは予測していましたが、こんなに素晴らしく成功するとは、正直予測していませんでした。緩やかな展開だったことが、ただ一点の「劇的」なことに向けて集約されていって、急速に熱を帯びました。

今時の若者の、どこか鬱屈した日常を淡く描いただけの作品で終わるのかと思いきや、小説に劇を取り込み、しかも取り込んだ劇と現実世界との境界線を失くすという戦術にでて、小説が劇と現実の混乱した奇妙な世界を、リアルに立ち上げている!

これは素晴らしいと思いました。

このようなことが成立するのは、作中の「僕」がいる現実世界の強度と、「劇」世界の強度がほとんど同質なくらい強くて、同質なくらい不気味だからなのでしょう。

「劇」の後で、再び平常に戻るところも良かったです。

「まことの人々」というのは前述したように作中劇の題名で、本来的には「正しい心の持ち主たち」くらいの意味なのでしょうが、むしろその真逆の人物エドモン軍曹に完全に「喰われた」形になっているのも、シニカルです。

個人的には、「生まれつき人間のくず」いうエドモン軍曹に捧げられたフレーズが特に気に入っていて、妙に心に残りました。

【大森兄弟他作品】

犬はいつも足元にいて (河出文庫)『犬はいつも足元にいて』(河出書房新社)

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