文学界 2014年 06月号 [雑誌]「熊の結婚」諸隈 元 著

(第118回文學界新人賞受賞作品)

(『文學界』2014年6月号掲載)

 

 

年収百万以下のアルバイトをしながらひたすら絵を描いて生きているいる「夫」と、弁護士の仕事に就いておりそれなりに経済力のある「妻」。「夫」には好きな女性(「上原希見子」というらしい)がいて、「妻」とはセックスをせず、自慰をするとき扉を閉めることもしない。そして、熊の縫いぐるみに異様な愛着を持っている。そういう変な「夫」を丸ごと受け入れている、変な「妻」。二人は子を設けるが、それは夫が自慰をして提供した精子を、「妻」が病院に持っていき、体外受精を施術してもらいなされる。……と、これはそういう奇妙な夫婦の物語です。

「夫」はある時「妻」に離婚を申し出て、「妻」はあっけなく受諾します、「夫」は、「上原希見子」との結婚の約束を守るために「妻」と「息子」を捨て、姿を消します。やがて「息子」が成長し、かつての「夫」にそっくりになり、つまり「夫」がいた時とあまり変わらない単調な生活が続いていて、さらに続くようなのですが、そこに「夫」からの贈り物が届き、ようやく物語は一つの区切りのようなものを持ちます。ただし、そこを起点に再び長い単調なループでも描かれていきそうな、区切り方ですが……。

どうもある種の言葉遊びの小説ではないか、と思えるような趣があります。断定しては打ち消し、さらに曖昧にぼかす。同じフレーズをいたずらに繰り返したり、少しだけニュアンスや人物を替えてみたり、とそういう意味がありそうでなさそうな文章が、流れ去るように始まりからラストまで駆けすぎていきます。なんだか、言葉そのものを玩具みたいな手触りに物質化して、あとはそれをひたすら物理的に、読者の脳内に垂れ流してでもいるかのようです。例えば、

一度くらい裁判で「太陽がまぶしかったから」と答える被告人に遭ってみたいものだ(「熊の結婚」より)

というどこかカミュの「異邦人」を連想させるフレーズにしても、そこに深い洞察的なものやテーマの探求らしきものなどはなく、単に言葉遊びの延長として捉えているようなのです。このフレーズの幾つかのセンテンスを物質化してしまい、時折微妙な変化を与えながら挿入を繰り返し、また「まぶしい」というフレーズだけを切り抜いて「夫」を記号化する形容の一部にも当ててみたり、なんだかとても自由に言葉を弄んでいます。

こういう「遊び」を無数に散りばめていますが、読み進むと常に同じようなフレーズ、同じような場面、同じような展開とその繰り返しがあるばかりです。まさに、単調そのもの、という感じです。やがて、これはかなり長いスパンの夫婦の物語で、それを超高速で忠実に書いているもの、という体感を得ます。テンポよく進むので、不思議と単調でも退屈ではありません。

常に断定しては打ち消し、ぼかし、最終的に感情をニュートラル状態に導く、という作者の企てめいた書き方のせいなのか、読後感は至って無感動な印象です。しかし面白い小説だと感じました。