文学界 2013年 12月号 [雑誌]

「息子の逸楽」守島邦明著

(第117回文學界新人賞受賞作)

『文學界』2013年12月号掲載

 

大学を卒業後、母親の介護だけをして何もしていない息子。その息子を経済的に支えながら、無言の圧力で縋り付いている母親。互いに強く依存し合いながら、どこかでその関係に反発や戸惑いを覚えつつ暮らしているらしい親子の絵が、「悪文」と言ってもいいほど随所に読みにくさと分かり辛さを抱えた文章で綴られていきます。

冒頭部分が、余りにも独りよがりな文学性に酔っている気味があり、ここだけで嫌悪感を抱いてしまって読み進められない人もいるかもしれません。けれどある程度読み進んでいくと、妙な湿度や熱量を持った文章が、読み辛いなりに安定してきて、ある種の空気感を醸し出すように思われはじめ、そこからはかなり違った印象でした。ストーリーそのものよりも、文章全体が醸し出すイメージを読んでいく作品なのだと思いました。

いつも握ってやる母親の手の感触や、母親が食べているところや排泄をしている時の描写などが出てきて、直接的な性に関するワードはありませんが、それだけにどこか隠微な気さえしてきます。大きな屋敷に暮らし、経済的には当面の心配がない親子二人だけの生活に、介入してくる他人は、週一で通うお手伝いの「花井さん」と、主人公の学生時代の講師「三枝」だけです。

この二人の脇役的な登場人物の描き方が実に存在感があって、閉ざされた世界で生きている親子の生活に、妙なリアリティを与えています。これと言って事件の起こらない日々の描写であるのに、常に得体のしれないエネルギーのようなものの蠢きが感じられて、何とも言えない不気味さがあります。

途中から主人公が認識能力のズレ(特に視覚)のようなものを発症しはじめる辺り(そこに辿り着くまでには実は何度か伏線が張られているのですが)から、いっそう物語が濃密になる気がしました。個人的には、お手伝いの「花井さん」に勧められて眼鏡屋を訪れるくだりが、一番面白く読めました。ここで購入することになる眼鏡の使い方も良かったです。

ラストの不明瞭さが、ある種の「逃げ」のようにも捉えられて、冒頭の十数行と合わせてやや残念ですが、作者の若さも考慮するとかなり力のある作品だと思います。ただ、もしもこの小説が纏っている文学的な装飾品を外し去った時、やはり「単なるの老人介護問題を抱えた母子物語」になってしまうような気もして、少し気がかりではあります。

この作品は、前田隆壱さんの「アフリカ鯰」と同時受賞されています。

なお、この回には特別に「吉田修一奨励賞」として、野上健さんの「走る夜」が選ばれています。