架空列車

「架空列車」

 

 /岡本 学 著(講談社)

(第55回群像新人文学賞受賞作)

 

主人公は、コミュニケーション能力の欠落から、たった一度だけ就職した職場を止めることになり、その後一年ほど就職活動をしても職にありつけなかったので、「逃亡」します。東京から東北のある地域を選んで移り住み、それと同時に仕事を探すことも止めます。彼には両親も身寄りもなく、親の遺産とわずかばかり自分で稼いでいた貯金があったので、6年間という期限を決めて生活費を割り当て、その期限の中だけで何もしないで生きる人生を決意するのでした。彼は、世の中全てと関わることから「逃亡」したのです。けれど、「何もしない」という生活は思った以上に苦痛だったので、その苦痛を紛らわすために考え付いたのが、現実の街に架空の列車を走らせることでした。この計画は成功し、街に架空の線路がひかれ、「架空列車」は走り出します。彼は実に幸せな気分を手に入れることが出来たと思ったのですが、そこに「3.11」が襲います。

選考委員の中でも、意見が割れた作品だったようです。

否定的な意見としては、登場人物にリアリティがないことと、「3.11」をかなり衝撃的な形で小説に組み込んでいることが挙げられていたようです。しかし、肯定派の意見の中には、むしろ「3.11」をあえて文学の中に取り込めたことに、一定の評価を与えているものもありました。

私の個人的な意見としては、登場人物にリアリティがないと言われても仕方ないだろうな、というところです。

主人公が内に閉じこもることになる背景が少し乱暴なことや、両親が死んでいて遺産を残してくれていることなど物語に都合が良すぎること、何より他者を排除するにまでなった人間の内面心理に一切触れることなく進んでいくので、もう少しこの辺りへの配慮が欲しい所でした。

けれど、やはり「架空列車」を走らせるために主人公が奔走する場面や、街の地理的な描写などが緻密で、特に地理描写においてはまるで文章で出来たジオラマの街が浮き上がってくるみたいな迫力があって、目を見張りました。こちらの方のリアリティ、というかクオリティは、登場人物の希薄なリアリティという弱みを打ち消す強さがあって、違和感は残りながらも読まされてしまった感がありました。

構成としては、第一部で「架空列車」の路線を確立し、第二部で震災によってそれが崩れた後の世界を描いています。第二部になってようやく他者が現れ、そこで思わぬ交流が生まれそうだったのに、むしろそれを最終的には排除する元の形に戻って、ひたすら「架空列車」を走らせようとする姿勢は、ある意味では真実味が滲んでいて、これを完全に否定することは出来ないようにも思いました。(ただし、孤独な人間像を第一部の段階で描きだせていないので、少し脆弱感はあります)

賛否はあるにしろ、「現実」と「架空」とを、ここまでリアルに交錯させたことには、文学的に大きな価値があると感じます。

現在、「ポケモンGO」がグローバルに流行っていますが、「現実」の中に「架空」を紛れ込ませ、「現実」でも「架空」でもない第三の次元を出現させるという一見ややこしいことに、実は人間の潜在的な欲求があるんだろうと思います。ギリシャ神話の頃から、もうその欲求は始まっているんではないでしょうか。そうした辺りを、当作品はピンポイントについていて、マニアックでありながら普遍的である感覚を開拓している所は、評価に値すると思いました。