鶏が鳴く

鶏が鳴く

波多野 陸 著

(第56回群像新人文学賞受賞作)

 

 

好き嫌いがはっきり分かれてしまう作品ではないでしょうか。ここでは好き嫌いは書くつもりはありません。ただ、感情移入は難しかった、とだけ記しておきます。

けれど、これはあくまでも個人的な意見なので、もっと違う角度から見る為に、選考委員の方々の意見なども読ませてもらい、客観的に紹介させて頂きたいと思います。

物語は、元バンド仲間の同級生(健吾)の部屋を、主人公(伸太)が訪れることからはじまります。前提条件として、どうもこの二人は仲が悪く、伸太は健吾に対して何らかの優位に立てる方策として、この訪問を思いついたようです。決まった曜日の深夜にコンビニに出かける健吾の習慣を知っていた伸太は、健吾が出かけている隙に彼の自宅マンションに忍び込んで待ち伏せ、そこに健吾が戻って来ます。そこからほとんど、二人の高校生が延々と一室に籠って対話劇を繰り広げるという展開で、その他の登場人物は、健吾の母親と弟が若干の登場シーンを許されるというくらいです。

今時の若者らしいアイテムを使う今時の高校生たちだと思って読んでいると、突然何世紀も遡った古典劇の登場人物たちみたいな会話が繰り広げられていくので、少しばかり混乱してしまいました。毎週少年ジャンプをコンビニで買って読んでいる少年が、聖書を持ち出してきて福音書の引用を多用しながら持論を組み立てていくというちょっとあり得ないパターンで、このアンバランス感がいいのかな、と思ったりもしました(私的には同調できませんでしたが……)。

見どころとしては、なんといっても、執拗なくらいの作者の「情熱」だと思います(新人賞を受賞される方の絶対条件は、文章の上手さでも構成力の巧みさでもなく、とにかく「情熱」だと私は信じています)。

枚数的にもかなり長い物語を、ほとんど二人の少年の会話だけで持たせるというやり方は、よっぽどのエネルギーがないと出来ないことで、しかも会話の内容の節々に相手への憎悪と相反する感情(好意もしくは友情?)が覗けて、生意気なのに妙に子供っぽい二人のやり取りは、それなりに視点を変えると面白いと思いました。「自意識」をテーマにしていることや、人間――というよりは人間同士の微妙な軋轢を通した感情の起伏にどれだけ振り回されてしまうものなのか、をこと細かく描いていて、こうしたところは評価できます。

【奥泉光氏」

――自我の拡散や溶解の物語は世にいくらでもあるが、本作のごとく、他者との関係が引き起こす自我の破れを描く小説は、日本語の小説世界では希少である――(『群像』2013年6月号の選評より)

強く情熱を感じる作品だっただけに、ラストの無難でずいぶんと乱暴なケリの付け方には、正直裏切られました。それもこの小説の持ち味なのかもしれません。なんといっても、主人公は高校生ですし、考え方や方向性が歪で短絡的であったとしても、むしろそちらの方がリアルなのだと思います。

まだまだ若い作家さんなので、これからどんな飛躍をしてくのかが楽しみです。