新潮「短冊流し」

  高梁弘希著

(「新潮」2016年1月号掲載)

 

 

とても短くて、そして静かな作品です。離婚していこうとする夫婦があり、母親と父親にそれぞれ引き取られた子供がいて、父親側に引き取られた娘が発病し、生死を彷徨います。物語は、病の娘に寄り添う父親の視点から描かれます。

落ち着いた美しい文体で、情景描写や人物描写、過去の出来事、などが淡々と綴られていて、登場するのは主人公と妻、そして病気の娘で、壊れ行く最中も閉ざされた家族という繋がりを浮き彫りにします。意識を失ったまま状態の戻らない娘に対してもそうであるように、別居中の妻に対する視線にも、どこかに愛情が差し込まれていて、決して直接的には描かれない人間の情感が伝わってくる作品です。

同じような生死を分かつ病気に罹った家族との繋がりを描いた山崎ナオコーラさんの「美しい距離」が、「死」を越えた先を描こうとしているのに対して、これはまだ「死」の直前で踏み留まっている人の想いであり、それだけにより一層、子供への愛情や妻に寄せる心の重さを感じました。それでもやはりラストは「死」を予感させていて、ただしやや甘く曖昧な叙情に逃げているという気がして、そこだけは少し残念でした。、

また、あまりにも落ち着いていて繊細過ぎる文体が、伝統的な手法の踏襲のようで、一見、退屈で新しさを感じさせないという気もします。けれど、これはごくありふれた普通の人間を描いたものであり、ありふれたものに細かく注目して過不足なく伝える、既視感のあるものを既視感を感じさせずに読ませる、という貴重さはあると思います。作品が短すぎることも、ほとんど気になりませんでした。